今月の本
Eleven(11の物語)
役所広司演じるトイレ清掃員の日常を描き出した映画「パーフェクトデイズ」。彼は寝る前に本を読む。どんな本を読んでいるのかと画面をじっと見てみる。ウイリアム・フォークナーを読んでいる。なかなか教養のある人物のようだ。なんでトイレ清掃員をしているか。また、幸田文の随筆『木』も読んでいる。これもなかなかである。そして、パトリシア・ハイスミスの『すっぽん』も手にしている。これは読んだことがない。映画の公式サイトを検索すると、『11の物語』の一編だとある。購入してみる。なんと、前書きはGreham Greene。あの『第三の男』の作者である。彼は、「最後は悪に勝ち、正義の鉄槌が下されるのが一般的なミステリーだが、彼女の作品は違う」と言う。
“Miss Highsmith is the poet of apprehension rather than fear. Fear after a time, as we all learned in the blitz, is narcotic, it can lull one by fatigue into sleep, but apprehension nags at the nerves gently and inescapable. We have to learn to live with it.” と解説する。
パトリシア・ハイスミスの作品はただのミステリーではなく、人間の深淵にある怖さを描く。『11』の短編は、どれも、怖い。それはすべて人間の性に根差しているからだ。マット・デイモンが主演したThe Talented Mr. Ripleyは、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』のリメイクで、彼女の小説『リプリー』が原作である。
映画では、『11の物語』のなかの「すっぽん」The Terrapinが登場する。読者には少年の気持ちが痛いほど伝わってくるのに、母親には全く届かない。パトリシアの生い立ちが彼女に書かせたものといえる作品である。
この本の11篇はどの短編も、最後まで読まないと落ち着かない。短編の終わりのページをポストイットで確認して読み進む。しかし、一編を読んでも、本を閉じることは難しい。最後まで読まないではいられなくなる。彼女の筆力のすごさである。ぜひ、ご一読いただきたい。あなたのお気に入りの短編はどれだろうか。
